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森林の高さについて

  • このページの内容を元に、北海道大学低温科学研究所紀要「低温科学」に解説論文を書きました。論文のPDFをこちらからダウンロードできます。

  • ここでご紹介する CuBI height を求めるプログラムをこちらで公開しています。

  • 北大低温研の隅田さんが「風と森林群落高」という分かり易い解説ページを公開されています。併せてご覧ください。

はじめに

森林の高さをどうやって決めるかというのは、森林を対象にした気象や水・物質循環の研究において重要な問題です。例えば、異なる森林同士で物理量(気温、湿度、風速など)の鉛直分布を比較する場合、その測定高度 z (m) を群落高 h (m) で除して規格化する必要があります(z/h、つまり群落高の何倍かで高さを見る)。また風速分布を決定するパラメタである粗度長 z0 (m) および地面修正量 d (m) を比較する場合は、これらを群落高 h で除して規格化する必要があります(z0/hd/h)。いくつかの森林でこういった比較をしようとしたとき、これらの群落高の決め方がバラバラだったらどうでしょう。信頼性の高い比較は出来ませんね。これでは困ります。

ところが、長い間、森林群落高を決定する共通した方法というものが存在せず、ひどい場合には「目視」で適当に決められたりしてきました。これは、森林生態学の分野でも同様で、研究者たちはそれぞれ自分たちが関わる森林を記述する上で都合の良い方法を使って代表群落高を決めてきました。このままでは、様々な森林で決められた代表群落高を比較したり、その群落高を使って何かを規格化したりする際に信頼性が問われますし、新たに毎木調査を行った森林で群落高を決定する際、どの方法を使うかはそこの研究者の判断(主観)に委ねられることになってしまいます。

この状況を打開するため、私と共同研究者は、新しい森林群落高の決定方法(概念)を提案しました (Nakai et al., 2010)。ここでは、これまでの森林群落高の定義(決定方法)の問題点を指摘しつつ、Nakai et al. (2010) の群落高を解説したいと思います。

これまでの森林群落高

この項は、van Laar and Akça(1997,2007) の Forest Mensuration を参考にまとめました。

  • 平均樹高
    林分内の各個体の樹高を全て算術平均したもの。下層木も一緒に平均するので、林冠の高さよりも一般にかなり低い値になります。
     

  • Top height
    上層木の代表的な高さを出すため、樹高の高い方から上位○本/haもしくは上位○%という形でサンプルを抽出して平均を出したもの。もしくは、胸高直径と樹高との関係式(回帰曲線)を求め、この式に上位○本/haもしくは上位○%のサンプルの胸高直径の二乗平均平方根 (root mean square) を代入して群落高を決定する方法もあります(regression heightとも呼ばれます)。林業分野や森林生態学分野ではよく利用されていますが、しきい値の決め方が統一されておらず、この点に恣意的な要素が残ります。また、仮に上位100本/haと決めた場合、密な森林では上層木を代表するかもしれませんが、疎な森林の場合、下層木も含まれるかもしれません。一方パーセンテージ(例えば上位20%)の場合、森林のサイズ構造の影響を受け、一斉更新の若い純林と極相に近い混交林では、計算される値が大きく変わる可能性があります。
     

  • Lorey's mean height
    胸高断面積 g (m2) を用いて、大きな木に重みが掛かるようにした重み付け平均樹高。

全てのサンプルデータを使っているので恣意性はなく、林冠の高さをよく表現しますが、下層木が非常に多い林分では、低い木に引っ張られて林冠の高さよりかなり低くなってしまいます。

このように、これまでの森林群落高の決定においては、方法が様々にあるだけでなく、それぞれに問題点があり、いろんな森林に同じように適用できる方法が存在していませんでした。つまり、定義や方法を統一しようにも、そもそもそれを実現する手段がなかったわけです。

解決策

これまでの群落高の問題点は、下層木の影響によって林冠の高さより低くなってしまうこと、しきい値の決定に恣意的な要素が残ること、そして森林構造に影響されることでした。これらの問題を解決するため、私たちは新しい概念を導入しました。

元となったアイディアは、北大低温研の隅田さんによる
「葉量の鉛直分布のピークの高さと樹高階級ごとの胸高断面積のピークの高さは比較的一致する」
というものでした。葉量が最も多い高さは、林冠の表面の高さをある程度代表していると考えられますから、これに対応する「樹高階級ごとの胸高断面積」のヒストグラムのピークが出現する高さを群落高と定義すればよいと考えたのです。

ただ、ヒストグラムの場合、階級をどう分けるかが難しく、また高さも飛び飛びにしか決められません。そこで、発想を変えました。樹高階級ごとの胸高断面積がピークを持つということは、一番低い木から順に積算した積算胸高断面積 Gi (m2) を樹高 hi に対してプロットしたとき、上述のピークの高さでプロット(曲線)の傾きが最大(つまり微分が最大)になる、ということです。実際、このプロットはS字曲線(シグモイド曲線)を描き、傾きが最大の点が変曲点になります。この変曲点を代表群落高とする、というアイディアが、Nakai et al. (2010) が提案したcumulative basal area inflection (CuBI) height hc (m) です。

 

もう少し噛み砕きますと、胸高断面積が小さな下層木がいくら多数あっても hi-Gi 曲線の傾きは小さく、大きな木は数が少ないので同様に曲線の傾きが小さいのですが、比較的大きい木がある程度のまとまりになっている高さでは曲線の傾きが最大になります。この高さが CuBI height hc であり、代表群落高としての資質は十分にあると考えます。この群落高の長所としては、全てのサンプルを使うので恣意性がない客観的な方法であるということ、そして下層木の影響を受けにくいということが挙げられます。そのため、様々な構造の森林に適用可能である(林冠を代表する群落高を決定できる)と期待されます。

実際に CuBI height を求めてみたい方はこちらへどうぞ。

空気力学的群落高

これまで、CuBI height の優位性について説明しましたが、他と比べて何が「正しいのか」は示せていません。その説明のため、もう一つの群落高のお話をします。

CuBI height の研究の前に、私たちは、風速の鉛直分布のパラメタである地面修正量 d と粗度長 z0 の間にある線形関係から得られる空気力学的群落高 (aerodynamic canopy height) ha (m)が、代表群落高として有効であることを示しました(Nakai et al., 2008b)。そして、森林の上では風速分布は下に凸、森林群落内では上に凸の曲線になり、その境界の変曲点も空気力学的群落高として定義されるのですが、Nakai et al.(2008b) は両者が本質的に同じであることを理論と観測の両面で示しました。この空気力学的群落高は、微気象学的に説明される大気と森林との境界面として重要な意味を持ちます。

そしてここでポイントなのは、Nakai et al. (2010) がCuBI height空気力学的群落高がほぼ一致することを示したことです。この事実は、他の群落高の定義と異なり、CuBI height は微気象学的な大気と森林との境界の高さに相当するという根拠を有していることを示しています。また、空気力学的群落高は毎木調査が不要である反面、タワーでの気象観測が必要なのですが、CuBI height は毎木調査のデータがあれば求められます。このことから、気象観測をしていない森林でも、毎木調査のデータによって、CuBI height で微気象学的な大気と森林との境界の高さを推定することができます。

​実際の適用例

北海道雨竜郡幌加内町字母子里にある北海道大学雨龍研究林の2つの森林を例に、群落高の実際を見ていきましょう。

それぞれの森林について、写真と二種類のグラフを示しています。

  • 左の複合図は、棒グラフが樹高頻度分布で、白丸は樹高に対する積算胸高断面積合計のプロットです。赤い線はRichards式を当てはめたもので、その変曲点であるCuBI heightも青色で示しています。

  • 右のグラフは、毎木調査を実施した区画の長辺側からみた各個体の水平位置と樹高をプロットしたものです。4色の水平ラインは、図の下に示したそれぞれの定義による群落高を示しており、色を対応させてあります。

​例1:ダケカンバ林 

CuBI height: hc = 12.1 m、空気力学的群落高: ha = 11.8 m、Lorey's mean height: hL = 11.1 m、算術平均樹高: hm = 9.8 m

この森林は、ダケカンバの一斉林のため、定義による群落高の違いは比較的小さいですが、それでも算術平均樹高やLorey's mean heightでは小さいサンプルの影響で低い値になっているのが分かります。そして、CuBI heightと空気力学的群落高との差は極めて小さいです。

​例2:針広混交林

CuBI height: hc = 24.5 m、空気力学的群落高: ha = 24.3 m、Lorey's mean height: hL = 21.6 m、算術平均樹高: hm = 5.3 m

この森林の場合、樹冠を形成する樹木は個体サイズが大きい一方で数自体は少なく、下層木が非常に多いという構造になっています。そのため、算術平均樹高は5.3mと、全くこの森林を代表しない値になっており、Lorey's mean heightも下層木の影響にひっぱられて低めの値となっています。その一方で、CuBI heightと空気力学的群落高との差が驚くほど小さいのが興味深いところです。
 

このように、CuBI heightと空気力学的群落高は、それぞれ全く異なるコンセプトであるにも関わらず、かなり近い値を示すことがお分かりかと思います。そして、針広混交林のような複雑な構造の森林でも、CuBI height(および空気力学的群落高)は上層木の代表的な高さを表現していると言えます。

適用可能性

CuBI height が一番威力を発揮するのは、サイト間比較研究だと思われます。同じ定義で群落高を決定することで、現象の相互比較の際のベースを揃えることが出来ます。実際、Nakai et al.(2008a) は、CuBI height のプロトタイプを用いて d/hz0/h を5つの異なる森林サイトで比較し、これらのパラメタのサイト間の差異や季節変化を森林構造で表現するモデルを開発しました。

また、多くの森林で、樹高と胸高直径の長期的な記録が取られています。そのため、これらのデータで過去に遡って CuBI height を計算すれば、過去の群落の空気力学的群落高を知ることが可能になります。

さらに、生態系モデルとの組み合わせも重要です。個体群の成長を組み込んだ生態系モデルでは、樹高や胸高直径の予測値から CuBI height を計算することで、将来の森林群落構造に対応した空気力学的群落高を推定することができると考えられます。このことは、上述の d/hz0/h のモデルと組み合わせることで、将来の森林の蒸発散や CO2 吸収量をより高い信頼性で予測することに貢献できると期待されます。

​参考文献

  • Nakai, T., Sumida, A., Daikoku, K., Matsumoto, K., van der Molen, M.K., Kodama, Y., Kononov, A.V., Maximov, T.C., Dolman, A.J., Yabuki, H., Hara, T., Ohta, T. (2008a) Parameterisation of aerodynamic roughness over boreal, cool- and warm-temperate forests. Agric. For. Meteorol.148, 1916–1925.
    [doi: 10.1016/j.agrformet.2008.03.009]
     

  • Nakai, T., Sumida, A., Matsumoto, K., Daikoku, K., Iida, S., Park, H., Miyahara, M., Kodama, Y., Kononov, A.V., Maximov, T.C., Yabuki, H., Hara, T., Ohta, T. (2008b) Aerodynamic scaling for estimating the mean height of dense canopies. Boundary-Layer Meteorol.128, 423–443.
    [doi: 10.1007/s10546-008-9299-5]
     

  • Nakai, T., Sumida, A., Kodama, Y., Hara, T., Ohta, T. (2010) A comparison between various definitions of forest stand height and aerodynamic canopy height. Agric. For. Meteorol.150, 1225–1233.
    [doi: 10.1016/j.agrformet.2010.05.005]
     

  • 中井太郎 (2015) 北方林の群落高と微気象. 低温科学73, 65–71.
    [doi: 10.14943/lowtemsci.73.65][HUSCAP]
     

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